趣味の王様

立花三千男

 趣味の王様というのはいろいろありますね。人によってそれは駅弁の包装紙を
集めることであったり、世界の珍獣を飼ったりするご仁がおられたり。普通は
読書とかカメラとか、絵手紙などというのが定番でしょう。
 私の趣昧で一番面白いのは何かと聞かれれば、それは外国人相手の文通に
尽きますね。この趣味は高校時代、親友がカナダの女学生と英文通しているのを
垣問見て、ウーン格好いいなあ、ぜひ真似たいものだと思ったのが原点です。
彼は英語がクラス一だったことにも触発されました。私は英語が苦手だったのです。
 文通のどこがそんなに面白いのか、それは異国 (それも関心がある国、好きな国)
の人を通して、その国の文化や歴史や地勢、伝統や風俗などの生情報に触れる
ことができるから……、でもこれは教科書的な回答でしてね。本当のところはそんな
国に住む魅力的な人物との会話なんです。私は級友に手解きを受けて、彼に相手を
紹介してもらって文通を始め、爾来五十年、順次相手を増やし、今なお飽きがこない
趣味であり続けています。
 私がペンで知り合った魅力的な人物は十人できかないのですが、その一人は
アメリカ人ポールとの出会いです。彼はいま七十歳代、イリノイ州に住み、
元アメリカ陸軍兵です。朝鮮戦争で負傷して、東京にあった陸軍病院で治療を
受け帰国除隊。その彼と世界文通クラブ(本部ダフリン)を通して知り合い、
もう何百通手紙や絵はがきを交換したことか、通算三十年にはなっています。
 その彼が私に手紙をくれた理由は(後で知るのですが)、入院中に世話になった
愛さんという看護婦さんを捜し出して欲しいというもので変色した白黒写裏
が同封されていました。当時東京に住んでいた私は、彼ら美男美女の写真と
「シカゴのJTBにも頼んだが無理だった」との手紙文に、こりゃなんとかせねばと、
陸軍病院(は同愛病院と分かり) を突き止め、年配の看護婦さんに聞いて
廻ったりもしたものです。
 なにしろ(当時の)三十年以上も前のこと、しかも戦後の混乱期でしたから
人も変わっていて、愛さんの所在は分かりませんでした。
 後年、韓国政府は朝鮮戦争に従軍した米兵を招待しました。その際
彼も選ばれ、帰国の途次東京に立ち寄り私と対面しました。
彼としては、私の好意を謝し、当時の思い出に耽りたかったんだと
思うのです。あるホテルのレストランで彼は愛さんへの切ない
思いを語り、五十歳の偉丈夫が涙ぐむのです。
 いまも彼は独身のまま、巨漢に当時の面影はありません。彼はいつも
私への親愛の気持ちを込め、私もこれは同じ。双方が交互に月に
二度絵はがきに短信を認め、他愛のないお喋りを楽しんでいます。
 私は思うのです、やっぱり趣味の王様は文通だなと。外国人は
この言い方が人口に膾炙されているようなのですが。


 以下に私の世界の手紙友達5人をご紹介します。上段左から、
1.エッセイで紹介したポール・ブルンナーの近影(中央)、地方紙に登場しました。
 昔はスマートでした、ポール・ニューマンに似ていましたがね。
2.ウルリッヒ・アイナー:ドイツのドレスデン近郊の在住、無職(元電気技師)。
 山とビールが好き、奥さんや仲間とで始終トレッキングに出ています。
 写真はスイスの山小屋にて、向かって右側の人。
3.ロッサリア・キュロッタ:イタリアはシチリア娘で28歳。パレルモ大学卒業後は
 旅行会社(シチリア観光)OL、今秋結婚します。彼女が11歳の頃から文通、
 写真は12歳の頃、空手を習っていました。
4.アーリーン・ポッツイ:米国ニューヨーク州ロングアイランドに住む主婦。
 端正な英語、女子大生の娘さんは女優のよう、息子も大学生。
5.デービッド・シュー:台湾の人、政府系機関の研究員。東京へ企業留学してきた
 1997年に対面しました。右側が私。会話に行き詰ると漢字で
 筆談しました。

          

注): 神戸新聞文芸欄のエッセー・ノンフィクション部門に昨年8月に入選し、
12月17日に掲載された作品に、写真を付け加えました。
(2008年2月7日)