『一日一作』主義 遅まきの文学修業

立花三千男

  独り身の退屈、無聊を日々紛らすには、何かに専念集中することだと考えた。
わが残生、好きなことだけしたいと思い、いろいろやっている。その一つが
遅まきの文学修業だ。4月から一念発起して、自らに標題のノルマ(俳句、短歌で
1日1作)を課した。この際は、上手下手は度外視して、とにかく毎日やって
みようと決断したのである。
 私の韻文は、我流である。だから、自分の作品がプロから見てどのレベルに
あるのか見当もつかない。時には、新聞で入選したりもするが、常に壁に
ぶち当たっている。
 有名な俳人の言葉がある。「多作なさい、そうすれば何か見えてきます」と。
論より実践ですね。本稿は、その顛末、苦闘記を書こうと思う。
 俳句は17文字、世界で最短の文学作品だ。欧米でも、この詩形が歓迎され、
俳句ブームだという。HAIKUで通じる。有名な芭蕉の「古池や蛙飛び込む水の音」
などは英訳され、海外の俳句フアンに知られている由だ。英語俳句を見たが、
こちらは17文字にはこだわらない。3行に書かれた非常に短い詩になっている。

 以下、我流俳句の舞台裏をちょっと紹介してみたい。
先日のNHK俳句番組の兼題(事前に出される課題、通常は季語)は、「落し文」
だったが、これを私ならどう組み立てるか。
 「落し文」は、俳諧ではオトシブミ科の昆虫を指す。夏の季語。歳時記に
「夏、広葉樹の葉を丸めた中に産卵して地上に落とす」と説明がある。
この不思議な生態が俳人に好まれて句材として人気が高い。多くの作品が
出ている。
 ただ「落し文」と聞けば、普通は、「公然と言えないことを記して、わざと
道路などに落として置く文書、落書」(広辞苑)の方を指す。この両義を俳句に
巧みに使いたい。作品で読み手にそれとなく両義を連想させる、という技法
である。
 「落し文」は、今までに相当数の作品が生まれているから、今から私が苦吟して
1句できたとしても、多分類似の句が山ほどあるに違いない。そういう意味で、
俳句は常に「新規性」が問われる。これは、音楽でも絵画でも一緒でしょう。
だから、素人俳人には難しいこと限りがない。深く考えたら頭を抱えてしまう。

 そこでこんな句ができた。落し文が風に乗り、落ちたのが神社(それも狭い庭)
だったとイメージしたのである。これは十分ありえますよね。


神々の御座す狭庭や落し文     落し文が、どこにあったと思う、
            よりによって神様の神聖な庭に
                運ばれてきていたよ。(意外性)

 神々の狭庭に御座す落し文    なんと、落し文が、神様が鎮座される
                   庭に座っている。この落し文は、神様の
                お使いだったのかね。(滑稽性)

                   告発文とかの「落書」を連想したら、
                   誰だ、こんな場所に投げ込んだのは!
                 天罰があたるぞ!(意外滑稽性)

 俳句を楽しんでいると、いろいろ勉強になる。狭い庭は、俳諧では狭庭というが、
広辞苑には出ていない。俳句では、そんな言葉がけっこう多い。辞書には「さ庭」
が出てくる。その意味は、「(サは神稲の意)とあり、斎(い)み清めた場所、
神降ろしを行う場所」とある。
 実は、この「さ庭」が作句のヒントになった。狭庭を音読すれば、「さ庭」に
通じますからね。「さ庭」は新発見だったが、選者の先生方には、このことが
十分に通じる世界ではなかろうかと考えた。俳句はたった17文字だから、やはり
1語1語が疎かにできない。1語でも、その言葉からいろいろ連想を呼び込むのが
作り手の技であり、読み手側もそれを読み取る技量が問われる訳だ。
 人様の俳句を観賞していて、意味がよく通じないことがよくあるが、これは、
自分の観賞力が乏しいか、まれに作者の独り善がりになっているのではと思う。
心せねば。

 どうも、我流俳句談義で恐縮至極でした。

(2011年5月30日)
コメント

 立花さんが上で創作の舞台裏を披露して下さった俳句が、読売新聞に入選し、
 評とともに9月25日の新聞に載りましたので、下にそれをご紹介します。

兵庫よみうり文芸  俳句  選者 澤井洋子
   神々のさ庭に御座す落し文      赤穂 立花三千男

 【評】落し文はオトシブミ科の甲虫が栗、櫟(くぬぎ)などの葉を巻いて
 卵を産みつけ、地上に落とす。この筒状の巻き葉を指す。今、その落し文が
 まるで神々の宣言を伝えるかのように庭に落ちている。
  さ庭のサは神稲の意と辞書にある。地元の人達が神事に使う神社なので
 あろう。掃き清められた境内が想像できる。「落し文」ごときに御座す
 という敬語に俳諧味がある。

 なお、立花さんの短歌も入選し、9月24日の読売新聞に載りました。

兵庫よみうり文芸  短歌  選者 沢田英史
   息子らの人生開花君は見ず逝き急ぎたり我を残して  赤穂 立花三千男

(2011年9月26日)櫛田孝司

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