| TZR250(1kt)と鹿島鉄道(鉾田線)廃線跡ツーリング |
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2013年は4月末に葛野川ダムツーリングに行ったばかりなのに、なんと、5月4日にTZR250(1kt)で鹿島鉄道の廃線跡を見に行きました。
鹿島鉄道とは1979年に関東鉄道から分割された鉾田線を継承して営業を開始した鉄道会社で茨城県石岡市の石岡駅と茨城県鉾田市の鉾田駅までを結んでいた全長27キロ、全線単線非電化区間でした。
現れた廃線跡は軽い掘割となっていて、雑草が生い茂っています。すでにバラスト、レールはありませんでした。さすがにバス専用路線を走るわけにもいきませんし、廃線跡はないだろうと、この間はノンストップで1ktで石岡駅から国道355号線をひた走りました。
残念なことに小川高校は少子化のため、2013年3月に県立中央高学校と併合のため閉校となったようです。私が訪れた一か月ちょっと前にのことです。当時は、そんなこと全然知りませんでしたが、こうして文字に起こすために調べて知りました。小川高校を卒業した方々は、持ち前の行動力で活躍されていることと思います。
記憶ではこの近くにきれいに再塗装された鹿島鉄道カラー(?)の車輛が1両あったはずです。画像がないところをみると、多分私有地みたいなところに保管してあって気が引けて撮影しなかったのではないかと思います。
国道は別ですが、鉄路と交差するそれ以下の細い道では、レールがそのまま残されている場所が随所にありました。コストの問題なのでしょうか。鉾田に向かうため道路の下をくぐった廃線を追いかけて1ktは、国道355号線に別れを告げて県道183号線に入りさらに細い道を廃線跡を横目に進みますが、駅舎はすでに整理されてしまっていて特筆するものはありませんでした。
さらに細い道に分け入っていくと、正直なところここに駅があるのかと思える場所に借宿前駅はありました。無人駅であったと思われるホームには、待合室とミラーポールらしきオレンジ色の柱が2本まだ残っていました。今も残っているのかなぁ…。一軒だけ駅前にある商店で缶ジュースを買い周囲を見回しましたが、林に囲まれていて、昔から農家を営んでいると思われる民家が数件あるだけです。そんな山間を抜けて廃線跡は右にカーブしながら鉄橋で巴川を渡ると終着駅の鉾田駅はもうすぐです。
そして終点鉾田駅です。街の中心に近い場所ほど撤去、処分されてしまうのは早いであろうと想像はしていましたが、やはり朽ち果てかけているホームが当時を物語るだけで他には何もありませんでした。仕方ないですね…
個人的には、鉄道を失うことはその地域にとって大きな損失になるので安易に廃線すべきでないと思いますが、無視はできないその地域の必要とする人員輸送量とコストのバランスという点では、廃線跡を利用したバス高速輸送システム(BRT)が成功しているようですので、今時点ではこのシステムでの輸送量の需給バランスが最適ということになるのでしょうか。