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TZR250(1kt)と鹿島鉄道(鉾田線)廃線跡ツーリング



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TZR250(1kt)と鹿島鉄道(鉾田線)廃線跡ツーリング
2020年5月5日



2013年は4月末に葛野川ダムツーリングに行ったばかりなのに、なんと、5月4日にTZR250(1kt)で鹿島鉄道の廃線跡を見に行きました。



きっかけはきっかけは「 山さ行がねが 」に触発されて近くに廃線跡がないか検索していてDEPARTUREというサイトの廃線/専用線のページで鹿島鉄道の廃線跡があることを知ったからです。



鹿島鉄道とは1979年に関東鉄道から分割された鉾田線を継承して営業を開始した鉄道会社で茨城県石岡市の石岡駅と茨城県鉾田市の鉾田駅までを結んでいた全長27キロ、全線単線非電化区間でした。



創業時は主な事業収益は、航空自衛隊百里基地への航空ジェット燃料による貨物輸送に頼っていました。しかし、その貨物輸送が終わり旅客輸送で経営継続を図りましたが、思うように利用者が増えなかったため、2007年に廃線となってしまいました。その後は代替バスが運行されているようです。



当日何時に自宅を出発したかは、申し訳ありませんが全く覚えていません (-_-;) 工程は常磐高速道柏インターから千代田石岡インターまで高速を使い、そこから鹿島鉄道の始発駅であったJR石岡駅向かい、そこから廃線跡を鉾田市までたどるというものです。




JR石岡駅脇にあった鹿島鉄道石岡駅は、すでにその姿はなく代替バスのターミナルとなっていて石岡駅から栗又四ケ(地名です)までの線路跡はバス高速輸送システム(BRT)の専用道路に利用されています。そこからバス路線は並走している国道355号線へ合流し、鹿島鉄道の廃線跡が姿を現します。



現れた廃線跡は軽い掘割となっていて、雑草が生い茂っています。すでにバラスト、レールはありませんでした。さすがにバス専用路線を走るわけにもいきませんし、廃線跡はないだろうと、この間はノンストップで1ktで石岡駅から国道355号線をひた走りました。



さらにしばらく国道355号線を進むと田園の中に小川高校下駅園部川にかかる鉄橋が現れます。鉄橋にも、小川高校下駅にもその付近の鉄路にも線路はすでにありませんでした。かつて小川高校の生徒さんの呼びかけで、沿線中学校や高学校の生徒さんが「かしてつ応援団」を結成し、鹿島鉄道存続のための運動を展開されたそうです。その当時に生徒さんが描いたのか小さな駅の側面には、その思いが描かれていました。



残念なことに小川高校は少子化のため、2013年3月に県立中央高学校と併合のため閉校となったようです。私が訪れた一か月ちょっと前にのことです。当時は、そんなこと全然知りませんでしたが、こうして文字に起こすために調べて知りました。小川高校を卒業した方々は、持ち前の行動力で活躍されていることと思います。


記憶ではこの近くにきれいに再塗装された鹿島鉄道カラー(?)の車輛が1両あったはずです。画像がないところをみると、多分私有地みたいなところに保管してあって気が引けて撮影しなかったのではないかと思います。



再び国道355号線を鉾田市方面へ進むと桃浦駅(だったと思う)があります。構内の広さとホームの形状から、上り列車と下り列車の列車交換の可能な駅だったのだと思います。近接する駅舎の中をガラス越しに覗いたら「代用閉そく方式」とか「列車防護の種類と方法」等の業務用資料が貼られたままになっていました。霞ヶ浦が近くのどかでいい雰囲気の駅です。廃線前に訪れてみればよかったと後悔しました。



国道は別ですが、鉄路と交差するそれ以下の細い道では、レールがそのまま残されている場所が随所にありました。コストの問題なのでしょうか。鉾田に向かうため道路の下をくぐった廃線を追いかけて1ktは、国道355号線に別れを告げて県道183号線に入りさらに細い道を廃線跡を横目に進みますが、駅舎はすでに整理されてしまっていて特筆するものはありませんでした。



さらに細い道に分け入っていくと、正直なところここに駅があるのかと思える場所に借宿前駅はありました。無人駅であったと思われるホームには、待合室とミラーポールらしきオレンジ色の柱が2本まだ残っていました。今も残っているのかなぁ…。一軒だけ駅前にある商店で缶ジュースを買い周囲を見回しましたが、林に囲まれていて、昔から農家を営んでいると思われる民家が数件あるだけです。そんな山間を抜けて廃線跡は右にカーブしながら鉄橋で巴川を渡ると終着駅の鉾田駅はもうすぐです。 



次の巴川駅は何も残っていなかったと思います。またその次の坂戸駅は寄りそこなってしまいました (´;ω;`) 下調べでは、坂戸駅はいい雰囲気を醸し出していそうな感じのようでしたので残念です。



そして終点鉾田駅です。街の中心に近い場所ほど撤去、処分されてしまうのは早いであろうと想像はしていましたが、やはり朽ち果てかけているホームが当時を物語るだけで他には何もありませんでした。仕方ないですね… 



すべての駅を見て回ったわけではありませんが、訪れた駅の周囲を見たとき、車との競合の中、鉄道を維持するだけの収益をあげられるのは全線27キロのうち、どれだけあるだろうと考えてしまいました。厳しい経営が続いたであろうことは想像がつきます。



個人的には、鉄道を失うことはその地域にとって大きな損失になるので安易に廃線すべきでないと思いますが、無視はできないその地域の必要とする人員輸送量とコストのバランスという点では、廃線跡を利用したバス高速輸送システム(BRT)が成功しているようですので、今時点ではこのシステムでの輸送量の需給バランスが最適ということになるのでしょうか。 



残念ながら鹿島鉄道は廃線となってしまいましたが、小川高校の生徒さんをはじめ多くの地域住民、利用者に愛され惜しまれながらの最後であったことを学ばせてもらいました。



んー…コロナ落ち着いたらツーリング行きたいな ^^